「過労死は自己責任論」はなぜ炎上したのか

t.co

そもそも炎上の発端となった田端氏と、弁護士たちによる「過労死は自己責任論」について、憤っている人は多いものの、結局論点は何で、田端氏の発言の何が問題だったのかが余り整理されていない気がします。まとめを見ても、議論は当初から全く噛み合っていません。弁護士たちも田端氏の煽りペースに乗せられ、遺族の前でそれを言えるのかといったような感情論に陥ってしまっています。

これは田端氏と弁護士がそれぞれ全く別の話をしているからです。

まずややわかりにくい田端氏の主張を分解します。

田端氏は過労死に至った人にも、自己防衛できなかった責任の一端はあると主張します。この主張の意味するところが大変にわかりづらい。なぜなら自分の身に起きた事なんて、突き詰めていけば自分に責任はあるに決まっているからです。隕石が落ちてきて死んでしまったことすら、こじつければ本人の責任にする事は可能です。

そんな事を議論しても意味がないし、誰に責任があるのかではなく、前澤社長の言う通り、どうやったら過労死を無くせるのかの方が大事なんじゃないのかと疑問に思われるでしょう。結局、彼の本音は以下のツイートにあるのではと推測します。

 

 

 特に下のツイートは重要です。要は、彼は過労死なんて、企業側が何をどうやってもゼロにはならないんだから、減らす努力はほどほどにして、各個人が死なない側に回れるよう努力しろという話をしたかったようです。

仮に99%が毎年生き残るとしたら、その99%に入るための心構えを説いているのですが、弁護士たちは亡くなる1%をどのようにして減らすかについて話をしているので、全く噛み合っていないのです。

つまり田端氏は、あくまでも目の前にいる個人の集合に対して話しているつもりなのですが、弁護士及びギャラリーは、マクロの過労死対策の解決策として聞いてしまっているため、それでは1%は救われないと憤っているのだと思います。

これはツイッターではしばしば起きる事で、私も失敗の経験がありますが、今自分はミクロの話をしているのか、マクロの話をしているのかは、ギャラリーに誤解のないよう明確にする必要があります。特に今回は、高プロという社会制度の話が発端なので、弁護士側はマクロの話をしているのだろうと受け取るのが当たり前です。この点を整理しなかった田端氏に落ち度があるように思います。

余談ですが、私のポジションとしては、過労死は不回避的に発生するものではなく、絶対にゼロにすべきもので、過労死として認定されたものについては、便宜的にでも雇用者側に100%の責任があると考えるべきだと思います。理由は単純で、これが人の命に関わることだからです。企業は利益を追求する集団だからこそ、人の命より利益を優先しないというルールは守らなければなりません。その上で各個人にはどれだけ辛くても死んだらアホやでと言い続けます。理由は単純で、人の命に関わることだからです。

こういうエントリーを書くと、批判されたから日和ったと解釈する知的レベルの低い人たちが必ず現れるのですが、「是々非々」という言葉の意味を、辞書で引いていただけたらと思います。