30代の大腿骨頸部骨折記録④〜葛藤〜

人工股関節か、骨接合か ?

決め切れなかったので、色んな人に相談しました。

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手術直前の写真です。右が完全に折れて曲がっとる、、

僕は自分の骨を切り取ってインプラントに取り替えることに強い抵抗がありました。恐怖感と言って良いと思います。

まずは最初のO病院に行き、相談しました。先生は、「S医師は日本でも有数の股関節のエキスパートなので、彼が人工股関節というならそれが正しいのだと思う。私はもう臨床から離れて10年は経っている」

また免荷については、

「もっと体重を絶対にかけてはいけないと慎重になるべきだったのかもしれない。しかし、MRIでしかわからないような小さなヒビが完全骨折に至って転位するとはまさか思わなかった」

正直に認められてしまうと、何にも言うことができません。なぜ医者任せにして自分でもっと調べなかったのか、なぜもっとほかの医者に意見を聞かなかったのか、この後悔はその後に渡り長く僕を苦しめました。

妻は、貴方が決めることだとは言いますが、1年間頑張って、ダメだった時に貴方が折れないかどうか怖いと言っていました。元々僕はメンタルが弱く、鬱病になりかけたところを朝のランニングで脱出した経緯がありました。だから雨が降ろうが足が痛かろうが必ず走っていました。やめたら鬱病になってしまうと思ったからです。それで骨まで折ってしまったのです。

母親は文句なしに人工股関節派でした。

「そんなうまくいくかどうかわからん手術なんて受ける意味わからへん!私の友達は人工股関節入れてるけど、元気にテニスしてるで!骨つないで1年間苦労して苦労して、あかんかった時にアンタ持つんか?その間仕事どうすんの?もうアンタひとりの人生ちゃうねんで。アンタはもう◯◯ちゃん(嫁)と子供二人の生活を背負ってるんや。人工股関節の何があかんの?もはや何を迷ってるからわからへん。もうアンタ決められへんのやったらお母さん決めたるから、人工股関節にしとき!パパも人工股関節がええと言うてるよ!」

母は難関国立卒で自分にも厳しい人ですが、他人にもとても厳しい人でしたし、不確定な未来に不安になる事を極端に嫌う人でした。僕が会計士試験を受けた時も大反対していました。

学生時代からの友人のアートマンさん(仮名)にも相談しました。彼はメリットデメリットを冷静に整理した上で、人工股関節がいいのではないかと踏み込んで意見をくれました。少ない確率の賭けに勝っても脚長差が出てしまう事が気になるということと、インプラントへの恐怖で合理的な意思決定ができなくなっている可能性を考慮した方がいいということでした。この時のことはとても感謝しています。

確かに20年後の取り替え手術も脱臼も怖いですが、30%の可能性に賭けるわけにもいかない、、当時は仕事が超繁忙期だったので、最低限のタスクをこなしながらも死ぬほど悩みましたが、早く楽になりたいという思いから人工股関節に傾いていきました。

N病院の手術の予約はキャンセルしないといけませんが、電話でのキャンセルではなく、直接お会いしてお断りしたいと思い、元々の診察予定をキャンセルせずお会いしました。

J病院で人工股関節の手術をうけようと思うという話をしましたが、話が終わりきらないところで、先生が、

「もったいないよ!」

と一喝しました。

医師「1年間のリハビリが辛い?何言ってんの?5歳ぐらいの子供で、1年間の松葉杖に耐えた子だっでいるんだよ?大人がそんな事言ってたどうするんだ。余りにも弱い、弱すぎるよ。通勤が不安?5時に起きればいいんだよ!

怪我や病気に負けるんじゃなくて、勝ってやると思わなきゃ治るものも治らないよ!そんなに若いのにインプラントなんてもったいなすぎるよ。」

M「でも、骨頭壊死が起きる可能性って骨折時から2年間あるんですよね。。つまり2年間は骨頭壊死の恐怖に怯えてビクビクしないといけない。僕はそれに耐える自信がありません」

医師「情けない事を言ってんじゃないよ!30%もチャンスがあるなんて恵まれてると思わないのか!別に死ぬわけじゃないんだぜ?歩けなくなるわけでもない。最悪はたかがしれてるのに、そんな弱気になってどうすんだよ!」

確かに今思えばそうなのですが、その時は逃げたい気持ちでいっぱいでした。先生の言っている事も論理的ではなく根性論のように聞こえ、一旦は心が揺さぶられたものの、正直、最後にはうるせえなという気持ちになってしまいました。

結局、心は人工股関節に傾いていき、J病院の入院の日となりました。