もうsnsで男女論を語るのはやめよう

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ツイッターを7年ほどやってわかったんですが、ツイッターでは、毎日毎日、なんで男(女)の気持ちや考えを、女(男)はわからないんだとお互いにうんこ投げ合ってるものの、結局のところ男(女)の気持ちや考えは、女(男)にはわからないから、いくらうんこ投げあっても、お互いの理解が深まる事はないんですよね。全く別の生き物なんでしょう。

デートで男が奢るべきかどうか、女性は下方婚をしないのはなぜかの議論が延々とループするのは、結局のところ、これらがどれだけ言葉を尽くしてもお互いに理解ができない本能的なところに根ざしているからだと思います。

そこで男女の役割を明確に分けて、お互いが同じフィールドでかち合わないようにしてやり過ごす仕組みは、ある意味、合理的でうまい事言っていたわけですが、近代になって「人間の人生はその人間の意思で自由に選択できる」という価値観を最上のものとしたことにより、女性側の「私も男みたいなスタイルで人生を過ごしてみたいんだけど」という要求を無視できなくなり、また女性の労働力を活用できるのは経済にとっても大きなメリットがあるので、その辺の思惑が一致して、女性の社会進出が進んだのがここ20年ぐらいの話です。

これは現代社会で最重要視される自由な選択という価値観と経済というこれまた生活上の最重要な要素がガッチリ噛み合って生まれたものなので、この流れが元に戻っていく事はありえません。

お互いが何を考えているのかわからない生き物が、同じ場所で同じ目的で、同じ事をしないといけなくなったので揉めるのは必然なんですが、それ自体はどうしようもない事なので、男側の理屈や合意形成の仕方を女性に押し付けたところで、彼女たちには彼女たちのコミュニケーションスタイルがあるので、従うわけもないんですよね。逆もそうです。

自分たちのコミュニケーションスタイルを異性に押し付けている女性をフェミニストといい、逆のパターンをアンチフェミニストというのでしょうが、お互い全く考え方やコミュニケーションスタイルが違う(というか一方から見たら理不尽に見える)事を前提として受け入れて、じゃあその中でどうやって折り合いをつけていくか、考えた方が生産的だと思いますが、このフェーズに入るまでに後10年以上かかりそうな気がしています。