池袋の事故にあった被害者や遺族の為に、我々が出来る事はなんだろうか

(とっ散らかった文章なので、後で消すかもしれません。あとひたすら暗いので、苦手な方はここで戻ってください。)

池袋 母子死亡事故 医師から運転控えるよう指示 | NHKニュース

この事故が起きてから、ずっと気分が落ち込んでいます。自分が仕事をしていたら、突然電話がかかってきて、家族の死を知らされるほどの恐怖を想像できません。 自分が死んだ方が100倍マシだと思います。せめて奥様かお子様かどちらか残っていれば、喪失感に耐える事も出来たでしょうが、旦那様は本当に一人になってしまいました。。

ちょっとでも旦那様の気持ちを想像したら、凄まじく気分が落ちるので、なるべく考えないようにして、記者会見も見ないようにしていました。これは僕が優しいからではなく、もし僕が旦那様と同じ立場になったら耐えられないとパニックになってるだけです。同じ年の娘がいて、他人事とは思えなかったのです。

でも、このやり切れなくて辛い気持ちは、二人を殺した加害者である飯塚幸三に対する憎しみに段々と変わっていきました。

憎くて仕方ない

上級国民だとか逮捕がどうだといった議論には興味はありませんが、87歳という高齢で、足が悪い為、駐車もろくにできず、医者にも運転を止められていた状況で、ブレーキも踏めないで人を殺した事は、悪意はないとしても、重過失があります(法律的な意味でなく心情として。)

事故であって殺人ではないと言われても、僕は納得できません。加害者本人はもちろん、運転を止められなかった家族に対しても強い怒りを持っています。この事を思い出すと、視界が怒りで揺れて、時々倒れこみそうになる程、許せないと思っています。

別にその怒りが間違っているとは今でも思いません。でも、バッシングがこのまま加速していったとして、それは遺族の憎しみに寄り添う事にはなっても、おそらく遺族が感じておられる喪失感や絶望には寄り添った事にはならないでしょう。

どうすればいいのか

ネットの飯塚幸三バッシングに対して、自分が加害者になる事もあるとか、高齢者憎しの感情が噴出してるだけとか、事故なのだから、今後の防止策なども含めて、もっと建設的な議論をするべきとの指摘は全て正論です。

でも、全然響きません。アホかと思ってます。そんな言葉じゃ僕の今の苦しみは無くならないし、きっと遺族もそうだと思います。

今日、事故現場の献花台まで行ってきました。近くのサンシャインに用事があり、妻にいこうと言われました。正直行きたくなかったですが、このモヤモヤに決着をつけるきっかけになるかもしれないと思いました。

東池袋サンシャインシティの入り口?からはほんのすぐ近くです。沢山の花や飲料が並んでいましたが、こんなところで突然亡くなってしまった被害者や、残された旦那様の苦しみを思って、号泣してしまいました。大きな声を出して嗚咽してしまったので、一緒にいた子供もびっくりして、娘は僕に抱きついて「お父さんとずっと一緒だから。」と繰り返し言ってました。きっと怖がらせてしまったのでしょう、、

憎しみの向こう側

別に泣いてスッキリしたわけではありません。その後家族と別れて、公園で1時間ぐらい呆然として、その後家に帰りましたが、この事件の事が、頭から離れず、何もできませんでした。

でも、我々が被害者や遺族のために出来る事は、こうして現場に行って、辛い思いを共有して、そこから逃れる為に、祈ることしかないんじゃないかと思うようになりました。遺族は喪失感やなんで自分たちがこんな目にという思いで苦しんでいるはずです。その1/100万でいいから、我々も辛さを共有する事で、少しでも彼らと孤独を共有してあげる事は出来ないでしょうか。祈る気持ちは、直接的間接的に、必ず彼らに伝わると信じています。

綺麗事かもしれませんが、亡くなった二人の事を忘れずに、彼らの事をいつまでも思い続ける事ができたら、肉体的には死んだとしても、二人はいつまでもこの世から消えないということにはならないでしょうか。

もし僕と同じように、この事故にショックを受けて苦しんでいる人がいたら、ネットで加害者ヘイトにより発散するのではなく、現場に行って献花台に祈りを捧げてもらえないでしょうか。その気持ちは必ず被害者や遺族に届くと信じています。