AIの発展により会計士の仕事はなくなるのか?

僕は今、大手監査法人で働いていて、比較的規模の大きな一部上場企業の主査(現場の責任者)を担当している。去年はリクルートも担当していた。監査現場や受験生と話しをする中で、最近よく聞くようになったのが、AIが発達したら公認会計士の仕事はなくなるというものだ。

ここで会計士の仕事と言われているものはおそらく会計監査のことだろう。

 

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記事によると、2014年に公表されたAI(人工知能)が既存の職業をどのように変えるかを論じたイギリス・オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授の論文の中で、94%の確率で10年後になくなるとされた専門職の1つが会計監査」の仕事だった。おそらくこの論文が広まり、何となく懸念が広まっているのが真相だろう。

AIの進展は明らかにディープラーニングが確立してから盛り上がりを見せており、この論文もおそらくディープラーニングにより、AIが順調に発展していけば、監査は人間の手を借りずともできるようになるという発想なのだろう。しかし、この准教授は会計監査がどのような仕事か知っているのだろうか。また、会計士の側でもAIがどのようにブレイクスルーしたのかわからないため、94%の確率という数値が独り歩きしているように思う。そこで、監査のことはある程度わかっている僕がディープラーニングについてさらっと勉強をしてみた。

結果として、AIの進展により少なくともここ10年間という単位で、会計士の仕事(会計監査)がなくなることはまずなさそうだと思った。

ディープラーニングとは何か?

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人工知能の開発は1950年代から始まっているが、順風満帆だったわけではない。「人工知能は人間を超えるか (松尾豊著)」を参照すると(この本は超おすすめ)、第一次AIブームでは、AIはチェスや将棋といった限定的な状況であれば問題が解けるが、現実に発生する問題を解くのは難しいという限界にあたり、すたれていった。第二次AIブームは、どんどん知識をコンピューターに蓄えることで、人に近づけるという可能性が見え、盛り上がりを見せたが、人間が持つ知識をすべて記述するのは難しい(人間の持っている知識を言語化してコンピューターに打ち込むPJが何十年も前から継続されているが、いまだに終わっていない。それほど人間の持つ知識は膨大である)という限界にぶちあたり、これも収束してしまった。

今第三次AIブームが起きているが、これは上述したディープラーニングによるものだ。ディープラーニングは、2012年世界的な画像認識コンペティションで、カナダのトロント大学が作成したソフトが圧倒的な大勝利をおさめたことによって広まった。このソフトはディープラーニングの技術が使用されていたからだ。

ディープラーニングの特徴を一言で述べるとすれば、「特徴表現をコンピューター自らが獲得する」という点にある。

これを素人のあやふやな知識で説明しよう。

例えば、東京に住んでいる非モテの男性が合コンやデートを繰り返す中で、女性に全く相手にされず「こんなにブスが偉そうにしているのは東京だけ」という仮説を持ったとしよう。僕は全くそのような仮説を支持しないが、これはあくまでもわかりやすいたとえ話として聞いてほしい。

非モテの男性は膨大な女性へのアタックという試行回数でその仮説を得たのであるが、この仮説をコンピューターは自ら得ることができない。さらに、仮説の証明についても、データの分析方法まですべて人間が指示しなければ、これを証明することはできない。

しかし、ディープラーニングの場合は、日本全国の女性のビッグデータを読み込ませる中で、人間が何をしなくても勝手に、データの特徴を読み取って「こんなにブスが偉そうにしているのは東京だけ」という特徴(がもしあれば)を読みとってしまい、その証明データを集めてしまう。 さらにその特徴にあわないような異常データまで検出してしまう。ある特徴を読み取った上で、その特徴に当てはまらないデータを検出するのは、ディープラーニングの得意とするところだ。

ディープラーニングが進めば、婚活のマッチングなどはかなり精度の高いものができるに違いない

ディープラーニングを会計監査でどのように使えるのか?

会計監査では、異常データの発見のために、今まで人間が分析的実証手続やサンプルテストを実施してきた。これらは証票を集め、人間の目で一件一件チェックするため時間がかかっていた。ディープラーニングに、ビッグデータを読み込ませれば、異常データを発見してくれるため、今まで監査でやっていたこれらの作業を実施しなくてもよくなる可能性はある。

しかし、会計監査でいう分析やサンプルテストによる検証は、釣りでいうところの釣り糸を垂らす行為であり、本当に大変なのはヒットした後、つまり異常サンプルを発見した後だ。

この異常サンプルが、どういった原因で発生したのか、それは会計上の虚偽表示に繋がるのが、もし虚偽表示である場合には、あるべき会計処理は何か、またこの異常サンプルが虚偽の表示や不正である場合に、これが発生した原因と同じ理由で他に同じような事象が発生していないかといった検討が必要になる。

はっきり言ってしまえは、分析やサンプルテストはスタッフがやっている仕事であり、それらで発見した異常の原因を調査してオチをつけて軟着陸させるのはシニアスタッフやマネジャー以上の仕事だ。ここが一番難しいのである。

つまりAIの仕事は、どちらかといえば単純作業に分類されるようなスタッフの仕事を代替するに過ぎず、監査の一番大変なところをやってくれるわけではない。ただ、実際のところ、サンプルテストで確認できているサンプルは全体の5〜10%程度であるから、これをAIが全量チェックできるようになった場合には、監査の質はかなり上がる可能性がある。

しかし、今まで見つからないから何もしなくても良かった異常サンプルを見つけてしまうため、おそらくそれに対処する人間の作業量はかえって増えてしまい、さらに人不足になる可能性すらあると思う。とはいえ、求められる人間は、原因を考え問題解決できる人間に限定される。

さらに格差が加速する恐れ

会計士の中でも、単純作業がなくなり、異常サンプルに対して、対処できる問題解決能力のある人間が重宝されるが、逆にこの能力のない人間はAIに駆逐されてしまう。

これはおそらく会計士だけでなく、全ての業界において似たような事が起きると直感する。なお、AIが問題解決能力を持つには、おそらくAIに問題を解決したいという意思を持たせる必要があるため、ここに到達するにはまだ、4つも5つもブレイクスルーする必要があり、少なくともこれを数十年単位で出来るようになるとは考えられない。現在のAIは「世界の特徴量を見つけ特徴表現を学習する」事しか出来ないのだから。

AIが人間を支配すると言った言説は、おそらくAIをよくわかっていない人の夢物語だが、AIをうまく使える人と代替されてしまう人の間で格差が広がるのは避けられない。負けたくなければ、結局は問題解決能力を磨く以外の方法はなさそうだ。