幸福の形は人それぞれ

今週に中学時代の友達と会う機会があった。彼はマイペースな人間だから、さっそく自ら指定した時間を20分遅れてきた。仕事場から電車を使わず、歩いてきたら遅れたらしい。

僕は時間には厳しく、人に会うときに、まず遅刻はしないし、もし身内が遅刻をしたら激しく怒る。でも、彼は元来とてもマイペースな体質で、それを知ってて付き合っているのだから、そんな事は全く気にならない。一年に数回会うか会わないかの人間のスタイルに口を出す事もない。

彼は離婚して嫁さんが出て行ったために今は一人で暮らしている。子供とは月一では会えているらしい。離婚の際のあれやこれやは、一方からしか話を聞いていないのだが、起きたであろう事実だけを拾ってみても酷い話で、僕も会ったことのある彼の元嫁さんへの怒りを禁じ得ない内容だった。そして彼に対しても深く同情していた。

でも彼は飄々としていた。今が一番自由でいいと。女性にもモテるので、気楽に遊んでいるらしい。40前男で金がそこそこあって魅力のある男はあまり供給もないだろうから、モテるのだろう。結婚していた時は昼食代も込みでお小遣い3万しかなかったらしい。僕はそれほどお金を派手に使うタイプではないが、考えられない額だ。彼は当時は嫁さんに支配されていたと言っていた。今はお金も時間も自由に使えてそれが幸せだと。

彼は強がりで言っているわけではないように見えた。あれやこれやで揉めていた時は、今より太っており、顔にも生気がなかったが、今はすっかり痩せ、精悍な顔つきになっていた。

彼にとっては望んだ形ではなかったかもしれないが、離婚して、自由に暮らし、月一で子供に会う生活が、結果として一番幸福なライフスタイルなのだろう。彼はとてもマイペースだから、元嫁さんにも苦労はあったのかもしれない。

独身であったり、子無しであったり、既婚子持ちであったり、周りから見た本人のステータスは色々ある。結婚をして子供を産み、同じ家で家族仲良く暮らすのが幸福への唯一のルートのように感じる事もあるが、何が幸せなのかは人によって違うし、本人にしかわからない事もある。結局はそれが世間の求める形と違ったとしても、自分のやりたいライフスタイルを見つけて、それを実現するのが、幸福のための大事な要素なのだろうと思う。