おっぱいパブで背後から殺気を感じた話

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これは僕ではなく、僕の友人のTさんが夏に地元大阪に帰省して、友人たちとおっぱいパブに行った時の話です。

彼によると、おっぱいパブは大体3人ぐらいの女の子が交代で付くことが多いそうです。一人目に付いた女の子は、まぁまぁおっぱいも大きく可愛かったので、楽しんだそうですが、二人目に付いた女の子がまずかった!

髪は金髪で顔はガリガリでがいこつのよう、おっぱいも全然なく、全く触る気もしない女の子だったそうなのです。

しかし、そこは紳士のTさん、あからさまに興味のない態度を取って女の子を傷つけたくないと思ったのでしょう、こう言いました。

「僕は今日友達の付き合いで、ここに来たんだけど、こういう店は来たことなくて戸惑ってるんだよね。付き合ってる彼女にも悪いから、申し訳ないんだけど、お触りなしで、今日はお話しだけさせてもらっていいかな?」とにこやかに話したそうです。

がいこつさんは、とてもいい子で嫌な顔をしないどころか、「マジで素敵〜」とか「こういう誠実な彼氏欲しい〜」とアゲてくれたので、彼も嘘話とはいえ、満更悪い気もしなかったそうなのです。

女の子が交代して、3人目の女の子が来たのですが、これがまさに彼の好みのど真ん中ストライクでした。ハーフっぽい顔立ちで、肉付きも良く、パイオツカイデーの女の子で、彼の心の中のアンパイアが、高らかに試合再開を告げました。

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彼は夢中になって、亀仙人のようにおっぱいに顔を挟んで、フォオオーと声を上げて楽しんでいると、ふと背後から後頭部に殺気を感じました。

彼はお金を払って楽しみに来ているだけなのに、殺気を向けられるような謂れはありません。女の子の嫌がるような事はせず、店のルールをきちんと守って楽しんでいます。

不審に思って振り返ると、先ほどのがいこつさんが引きつった顔でこちらを見ていました。。

しかしここで引くとかえって傷口が大きくなると瞬時に判断した彼は、全てを忘却し、また亀仙人になる事にしたのです、、

すまぬすまぬと心の中で泣きながら…

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The Beatles 「ノルウェーの森」は誤訳?

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僕は昔から、ビートルズが大好きで、中学生の時から、何百回と彼らの12枚のアルバムを聴いているものの、悲しいかな英語が聞き取れないので、歌詞の意味はよくわかっていないことが多い。Rubber soulというアルバムに入っている「Norwegian Wood」もその一つだ。

www.youtube.com

ジョンの渋い声と、ジョージハリソンが当時傾倒し始めたインド音楽の影響で導入されたシタールの音がうまくあっていて、ビートルズの中でも特に好きな曲だが、このノルウェーの森が何を指すのかよくわからなかった。

僕の手元にあるビートルズ全詩集(ソニーミュージック)の訳だとこんな感じだ。記憶ベースだが、国内版についていた歌詞もこんな感じだったと思う

I once had a girl, あるとき、女を引っかけた
or should I say she once had me? それとも、こっちが引っかけられたのか
She showed me her room, 彼女は僕を部屋に通してくれた
isn't it good, Norwegian wood? いいじゃないか、ノルウェーの森
She asked me to stay and she told me to sit anywhere, 泊まっていってと彼女は言い、好きなところに座るように僕を促した
So I looked around and I noticed there wasn't a chair. そこで、僕は部屋を見回し、椅子が一つもないのに気づいた
I sat on a rug, だから敷物に腰を下ろした


biding my time, drinking her wine. ワインを飲みながら時間をつぶすうち
We talked until two すっかり話しこんで、夜の2時になった
and then she said "It's time for bed". すると彼女 ”もう寝なくちゃ”
She told me she worked in the morning and started to laugh. ”明日は朝から仕事なのよ” 彼女はおかしそうに笑った
I told her I didn't and crawled off to sleep in the bath. ”こっちは暇だ”と僕は言ってみても始まらず、僕は仕方なくバスタブで寝ることにしたんだ


And when I awoke I was alone, 翌朝、目を覚ますと僕は一人
this bird had flown. 小鳥は飛んで行ってしまっていた
So I lit a fire, 僕は暖炉に火を入れだ
isn't it good, Norwegian wood? いいじゃないか?ノルウェーの森

誰にでも経験のあるようなうまくいかなかった苦い思い出の話だが、ノルウェーの森が何を指すのかがよくわからない。なんで突然森が出てくるのか。ノルウェーの森の何がいいのだろうか?

この頃からジョンはドラッグにハマっていくようになり、何らかの隠語であり、特に深い意味はないのだろうと思っていた。good とwoodで韻を踏みたいだけの話なのかなとも思っていた。

でも、最近になって、このノルウェーの森が、実はノルウェー産の家具を指しており、isn't it goodと最初に言うのは、男性ではなく女性の方で、最後に火をつけるのは暖炉やタバコではないという解釈があると知った。改めて修正した翻訳を貼ってみよう。

I once had a girl, あるとき、女を引っかけた
or should I say she once had me? それとも、こっちが引っかけられたのか
She showed me her room, 彼女は僕を部屋に通してくれた
isn't it good, Norwegian wood? 素敵でしょ、ノルウェー産の家具なの。
She asked me to stay and she told me to sit anywhere, 泊まっていってと彼女は言い、好きなところに座るように僕を促した
(上記と同一のため中略)

And when I awoke I was alone, 翌朝、目を覚ますと僕は一人
this bird had flown. 小鳥は飛んで行ってしまっていた
So I lit a fire, だから、僕は家具に火をつけたんだ
isn't it good, Norwegian wood? よく燃えるじゃないか?ノルウェー産の家具は。

 

赤字の箇所が翻訳を変更した箇所である。これだけで、男が行きずりの女の部屋に招き入れられたものの、結局やり損ねて、お風呂で寝る羽目になってしまったので、腹いせに彼女が自慢していたノルウェー産の家具に火をつけて、その燃えっぷりを見ながら、彼女が言ったように「isn't it good?」とつぶやくというストーリーがはっきり見えてくる。もちろんタバコや暖炉に火をつけたという解釈もあるが、それであ」ば、なぜ最後に「isn't it good?Norwegian wood」と言ったのか意味が繋がらない。

この解釈を知った今となっては、Norwegian woodをノルウェーの森であると訳した最初の和訳は誤訳にしか見えないように思えてくる。国内版では今でもノルウェーの森として記載されている。なぜプロがこのような誤訳をしたのだろう。

しかし、これはおそらく誤訳ではなく、ノルウェー産の家具だと訳してしまうと、やれなかった腹いせに女の家に火をつけるようなサイコパスの話であると一目瞭然にわかってしまうので、当時、訳をつけた人が苦肉の策で、苦し紛れにノルウェーの森という詩的な単語を当てて、本当のストーリーから目をそらさせたのではないかと思っている。

当時はストーンズの「Let's spend the night together」という曲が、タイトルだけでセックスを連想させて過激だとラジオで流してもらえないような時代であり、実はこんなアレな歌詞であるとバレてしまったら、ラジオで流してもらえなくなると思ったのかもしれない。当時のマーケットでラジオに流してもらえないのは、プロモーション的に致命傷になり得る(映画ボヘミアンラプソディーにも、曲が長すぎてラジオでかけてもらえない事を心配するレコード会社の社長が出てきたと思う)。

しかし、そういった苦心の訳が、有名な小説のタイトルになり、映画化までされたのは面白いなぁと思う。当時苦労したであろうレコード会社(東芝EMI)の担当者も報われた思いがしたんじゃなかろうか。

 

 

AIの発展により会計士の仕事はなくなるのか?

僕は今、大手監査法人で働いていて、比較的規模の大きな一部上場企業の主査(現場の責任者)を担当している。去年はリクルートも担当していた。監査現場や受験生と話しをする中で、最近よく聞くようになったのが、AIが発達したら公認会計士の仕事はなくなるというものだ。

ここで会計士の仕事と言われているものはおそらく会計監査のことだろう。

 

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記事によると、2014年に公表されたAI(人工知能)が既存の職業をどのように変えるかを論じたイギリス・オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授の論文の中で、94%の確率で10年後になくなるとされた専門職の1つが会計監査」の仕事だった。おそらくこの論文が広まり、何となく懸念が広まっているのが真相だろう。

AIの進展は明らかにディープラーニングが確立してから盛り上がりを見せており、この論文もおそらくディープラーニングにより、AIが順調に発展していけば、監査は人間の手を借りずともできるようになるという発想なのだろう。しかし、この准教授は会計監査がどのような仕事か知っているのだろうか。また、会計士の側でもAIがどのようにブレイクスルーしたのかわからないため、94%の確率という数値が独り歩きしているように思う。そこで、監査のことはある程度わかっている僕がディープラーニングについてさらっと勉強をしてみた。

結果として、AIの進展により少なくともここ10年間という単位で、会計士の仕事(会計監査)がなくなることはまずなさそうだと思った。

ディープラーニングとは何か?

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人工知能の開発は1950年代から始まっているが、順風満帆だったわけではない。「人工知能は人間を超えるか (松尾豊著)」を参照すると(この本は超おすすめ)、第一次AIブームでは、AIはチェスや将棋といった限定的な状況であれば問題が解けるが、現実に発生する問題を解くのは難しいという限界にあたり、すたれていった。第二次AIブームは、どんどん知識をコンピューターに蓄えることで、人に近づけるという可能性が見え、盛り上がりを見せたが、人間が持つ知識をすべて記述するのは難しい(人間の持っている知識を言語化してコンピューターに打ち込むPJが何十年も前から継続されているが、いまだに終わっていない。それほど人間の持つ知識は膨大である)という限界にぶちあたり、これも収束してしまった。

今第三次AIブームが起きているが、これは上述したディープラーニングによるものだ。ディープラーニングは、2012年世界的な画像認識コンペティションで、カナダのトロント大学が作成したソフトが圧倒的な大勝利をおさめたことによって広まった。このソフトはディープラーニングの技術が使用されていたからだ。

ディープラーニングの特徴を一言で述べるとすれば、「特徴表現をコンピューター自らが獲得する」という点にある。

これを素人のあやふやな知識で説明しよう。

例えば、東京に住んでいる非モテの男性が合コンやデートを繰り返す中で、女性に全く相手にされず「こんなにブスが偉そうにしているのは東京だけ」という仮説を持ったとしよう。僕は全くそのような仮説を支持しないが、これはあくまでもわかりやすいたとえ話として聞いてほしい。

非モテの男性は膨大な女性へのアタックという試行回数でその仮説を得たのであるが、この仮説をコンピューターは自ら得ることができない。さらに、仮説の証明についても、データの分析方法まですべて人間が指示しなければ、これを証明することはできない。

しかし、ディープラーニングの場合は、日本全国の女性のビッグデータを読み込ませる中で、人間が何をしなくても勝手に、データの特徴を読み取って「こんなにブスが偉そうにしているのは東京だけ」という特徴(がもしあれば)を読みとってしまい、その証明データを集めてしまう。 さらにその特徴にあわないような異常データまで検出してしまう。ある特徴を読み取った上で、その特徴に当てはまらないデータを検出するのは、ディープラーニングの得意とするところだ。

ディープラーニングが進めば、婚活のマッチングなどはかなり精度の高いものができるに違いない

ディープラーニングを会計監査でどのように使えるのか?

会計監査では、異常データの発見のために、今まで人間が分析的実証手続やサンプルテストを実施してきた。これらは証票を集め、人間の目で一件一件チェックするため時間がかかっていた。ディープラーニングに、ビッグデータを読み込ませれば、異常データを発見してくれるため、今まで監査でやっていたこれらの作業を実施しなくてもよくなる可能性はある。

しかし、会計監査でいう分析やサンプルテストによる検証は、釣りでいうところの釣り糸を垂らす行為であり、本当に大変なのはヒットした後、つまり異常サンプルを発見した後だ。

この異常サンプルが、どういった原因で発生したのか、それは会計上の虚偽表示に繋がるのが、もし虚偽表示である場合には、あるべき会計処理は何か、またこの異常サンプルが虚偽の表示や不正である場合に、これが発生した原因と同じ理由で他に同じような事象が発生していないかといった検討が必要になる。

はっきり言ってしまえは、分析やサンプルテストはスタッフがやっている仕事であり、それらで発見した異常の原因を調査してオチをつけて軟着陸させるのはシニアスタッフやマネジャー以上の仕事だ。ここが一番難しいのである。

つまりAIの仕事は、どちらかといえば単純作業に分類されるようなスタッフの仕事を代替するに過ぎず、監査の一番大変なところをやってくれるわけではない。ただ、実際のところ、サンプルテストで確認できているサンプルは全体の5〜10%程度であるから、これをAIが全量チェックできるようになった場合には、監査の質はかなり上がる可能性がある。

しかし、今まで見つからないから何もしなくても良かった異常サンプルを見つけてしまうため、おそらくそれに対処する人間の作業量はかえって増えてしまい、さらに人不足になる可能性すらあると思う。とはいえ、求められる人間は、原因を考え問題解決できる人間に限定される。

さらに格差が加速する恐れ

会計士の中でも、単純作業がなくなり、異常サンプルに対して、対処できる問題解決能力のある人間が重宝されるが、逆にこの能力のない人間はAIに駆逐されてしまう。

これはおそらく会計士だけでなく、全ての業界において似たような事が起きると直感する。なお、AIが問題解決能力を持つには、おそらくAIに問題を解決したいという意思を持たせる必要があるため、ここに到達するにはまだ、4つも5つもブレイクスルーする必要があり、少なくともこれを数十年単位で出来るようになるとは考えられない。現在のAIは「世界の特徴量を見つけ特徴表現を学習する」事しか出来ないのだから。

AIが人間を支配すると言った言説は、おそらくAIをよくわかっていない人の夢物語だが、AIをうまく使える人と代替されてしまう人の間で格差が広がるのは避けられない。負けたくなければ、結局は問題解決能力を磨く以外の方法はなさそうだ。

やはり職場の飲み会は大事だと再認識した話

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(ただの日記です)

ここ5年ほど、職場での飲み会の数はすごく減ってしまった。原因は複数ある

  • 時間やお金がかかる
  • 単純に皆が忙しくて行けない
  • 次の日にお酒が残ってしんどい事がある
  • お酒自体が身体に悪いのであまり飲みたくない
  • 若い人が嫌がってるかもしれない、または誘っても断られる

この辺の理由で、職場の人と飲みに行く事は滅多に無くなっていた。仕事では後輩に親切にしているつもりだが、嫌われてもいない代わりに、すごく慕われたりリスペクトされてる感じもない。でも、それでいいと思っていた。

ただ最近は自分の仕事で、沢山の人が出張ベースで手伝いに来てくれており、かなり面倒な作業を手伝ってもらっていた。

毎日とはいかないものの、流石に出張でヘルプに来ているのに、飯は別々でよろしくねというわけにもいかず、半ば以上義務感で彼らと飲みに行っていた。週一だ。それ以上は時間的に正直厳しい。

結果として、付き合いの短い彼らととても仲良くなり、彼らの本音や考えている事が聞けるようになった。前日までは、お昼ご飯に誘っても、来なかったような人が進んで参加して、積極的に話してくれるようになった。明らかにコミュニケーションが円滑になり、雰囲気が良くなっている。

何年間も毎日のように仕事で顔を合わせているメンバーよりも、ある意味では距離が近くなっている面もある。仕事は所詮仕事なので、プライベート「的な」時間を共有する事ってやはり重要なのだろうと思った。

時間を共有すること

ある映画を思い出した。「そして父になる」という映画だ。子供の取り違えにより、取り違えられた二家族が交流を重ねる話だ。

気の弱い方のお父さんとエリートの方のお父さんの会話で、エリート父さんが、休日はあまり子供とは過ごせていないが、時間が少ない代わりに質でカバーしているという話をした。

普段は気弱でペコペコしている方の父さんは、珍しく「子供との絆は過ごした時間によって決まる。質がどうのなんて言い訳して、そこで手を抜いちゃいけない」と説教して、エリート父さんにムッとされるシーンがあるが、これが印象に残った。確かにそうなのだ。結局、人間関係はある程度の時間と金を投入しないと、モノにならないのだ。それは家族もそうだし、職場の人間関係だってそうだ。

既存のチームメンバーとは、付き合いも長いし、仕事で長い時間を共有し、彼らの事を彼らの立場で考え、コミュニケーションを取っているので、飲み会はもう必要ないだろうと思っていて、殆ど実施しなかった。それが皆にとっていいだろうと思っていたからだ。でもやはりそれでは埋まらない溝があったと今は感じる。

飲みにいかなくなったその間に、お互いの事がよくわからなくなり、興味関心も薄れ、親しみも減ってきたのかもしれない。仕事ではできないコミュニケーションがやはり飲み会にはあると感じざるを得ない体験だった。

正直面倒だが、やはり昔から続いている事にはそれなりに理由があるんだなぁと再認識し、サボらずやるしかないなぁと今は思っている。

少子化問題はもう解決しなくても良い

前のエントリーと内容が被ってしまいますが、最近考えていることなので、改めて整理して書き直したいと思います。

まず少子化が進行した場合、何が問題になるのでしょうか。経済規模が縮小し、社会保障が持続できなくなるのが大きな問題だと思います。

しかし、少子化は若干進行を遅らせることができても、少子化問題を本質的に解決する事はもうできません。それはなぜでしょうか。まずなぜ少子化が起きてしまったのかを考えましょう。

少子化の原因について

結論から言えば、少子化の原因は未婚化が加速した事にあります。

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資料出所:21世紀政策研究所「実効性のある少子化対策のあり方」、厚生労働省「毎月勤労統計調査」

なぜなら有配偶者の出生率はここ30年ほど変わってないからです。逆に未婚率は上昇する一方ですが、その結果として出生率は下げ続けています。

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未婚化は男女双方に原因があります。男は男で、2次元エロやスマホでますます簡単に見れるようになったAVで性欲を解消し、snsやラインなどで孤独感をインスタントに癒す事ができるようになりました。給料が上がる見込みがないので、家族を養う自信も持てないのと、面倒な女性との付き合いに気を使って、甲斐性を発揮するようなモチベーションが低下しました。女性も社会進出により稼げるようになったことで、生きていくために無理に結婚するモチベーションがなくなり、恋愛感情を強く感じられる相手としか結婚したくないと思うようになったようです。

もちろん弊害はありますが、これは各人が自分の生き方を自由に選択できるようになった結果であり、必ずしも悪いことではありません。しかし、その結果として、結婚して子供を育てるというモデルが、若者から選ばれなくなりました。

では、少子化対策とは?

結局のところ、少子化を本質的に解決するには、未婚問題を解決する必要がありますが、グローバル化により日本人の賃金が下がったことや、個人の自由な選択に重きをおく価値観により、未婚問題を解決する事はもう不可能と言って良い状況です。結婚したくない男女を、今の社会の枠組みで無理やり結婚させる事はできないからです。統一教会のような組織であれば別ですが。

給料を上げるのも難しいでしょう。今の企業は日本人を雇う事にそこまで拘ってないからです。終身雇用をやるつもりはないと大企業のトップが堂々と宣言する時代になりました。

ではどうするのか?

少子化対策と称して、働き方改革で男性の育児参加を促したり、保育園を増設したり、幼稚園を無償化したりしていますが、少子化の本質が未婚問題である以上、これらは殆ど効果がないでしょう。仮に子持ち世帯にお金を投入したところで、子供を増やすよりは、子供の教育費を増やす方向に働くと思います。今後、AIの進展や移民の増加により、格差が更に拡大していくことが見込まれる状況で、自分の子供には勝ち組に回って欲しいと思うのが人情だからです。

少子化はもう解決不能の問題として、他の対策を考える必要があります。「銃病原菌鉄」のシャレドダイヤモンドは少子化は日本のアドバンテージであると言い切りました。人を育て、養っていくための資源や投資が不要になるからです。

最初に戻ると、要は少子化による経済規模の縮小が問題であるならば、人口が減った分だけ労働生産性を高めれば、アウトプットは変わらないはずです。少子化対策に回していたお金をAIやロボットに回して、より人間が少なくなっても、労働生産性を高める事で、同じ生産量が見込める社会を目指すべきだと思います。

いくら供給が減っても、人口が減れば需要が減るではないかという指摘があるでしょうか、全世界ベースで見れば人口は増加傾向にあるので、外需も合算すれば必ずしも需要が減るとは限りません。

もちろん少子化を解決するのがベストです。上記で解決したとしても、AIやロボットの権利を抑えたかどうかで、更に格差が拡大するからです。しかし少子化解決がほぼ不可能とわかった今では、現実的に取れる対策に力を注いだ方が賢明ではないかと思っています。

両親に同居を提案したら断られた話(嫁姑問題に関連して)

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前回、両親の事を書いたら、厳しい親だという反応があった。

卵かけご飯の思い出 - Mのブログ

実際のところは、父親は甘い人だったし、かなり経済的には良くしてもらったと思っている。実態は厳しいというよりはドライな人たちという印象だった。そこで思い出した話があるので書こうと思う。

両親の教えの賜物で、我々兄弟は就職とほぼ同時に家を出たため、彼らは3人も子供を作ったのに、誰も地元に残らず、2人で暮らすことになってしまった。当時、僕は結婚して長男が産まれた頃だった。妻は、僕の両親はせっかく3人も子供を作ったのに、誰もいないのは気の毒だから、自分たちだけでも神戸に戻り、同居したらどうかという話をした。家はそこそこの広さだったし、僕らも家を買わないで済むからメリットがないわけではない。元々、祖父母と二世帯同居をしていたが、玄関を分け、生活は別々のスタイルだった。それであれば可能だと思ったので、母親経由で父親の感触を探ってもらった。会社は段取りを踏めば、時間はかかるが異動可能だろう。

でもあっさり拒否の回答が返ってきた。

父の見解

父親は、会社経営者ではあるものの、かなりの人見知りで、基本的には母親にしか心を開いていない。我々子供と二人きりにでもなれば、気まずそうにしている。彼の言い分としては、「せっかく子供が居なくなって、やっとお母さんと二人で暮らせるようになったんだから、気持ちは有難いが、これからは二人で静かに暮らしたいのが本音だ。」という内容だった。そういえば、妹が東京で就職した後に、夏に両親が上海へ旅行へ行くというので妹も着いていこうとした事があった。その時も父親から妹に

「お母さんと二人で行きたいから、遠慮してくれるか」

という内容の電話があったらしい。。

妹は忙しかったから、休みが合う機会などその時が最後だっただろうに、彼はせっかく母親と一緒に行く旅行を、娘に邪魔されたくないと言ったらしい。。

まぁ、それならそれでこちらも楽だし、罪悪感もなくなるので、分かりましたと伝えた。

母の見解

母親も、私も同居はやめた方がいいと思ってると言った。

「◯◯ちゃん(僕の妻)はいい子だと思ってる。何より明るいのがいい。明るさは人間の魅力の基礎で、私は暗い子が嫌い。ひょっとして通ってるテニススクールとかで、会えてたら仲良くなれたと思う。 

でも、残念ながら嫁と姑の関係になってしまった。嫁と姑は根本的に利害が対立する関係で、うまくいくはずがないものと思ってる。

近づきすぎたら、友人関係なら気にならないようなお互いの気に食わないところが、絶対に気になりだす。それはとても悲しい事だし、適切な距離があれば、お互い嫌わずにいれる。それが許される経済状況にあるうちは、離れて暮らしましょう」

彼女は基本的に極端な考え方をするので、嫁と姑は運命的にうまくいかないものという見解が妥当なものなのかどうかは、僕にはわからない。うまくいってる家もゴマンとあるだろう。そういえば僕がまだ学生の頃に、義母との関係で苦労していた彼女は、「結局は、姑に取って嫁は、自分の可愛い息子を奪っていった女であり、うまくいくはずがない」という独自の見解を披露した事もあった。

でも、そう彼女がそう宣言した通りに、僕らの家族と両親は常に一定の距離を保ち続けて、今でも良好な関係が継続している。少し変わった人たちだから、もし同居をしていたら、今頃拗れていた事は確信できる。

許されるのであれば、親から独立した後は、物理的な距離を保って、お互いに近づきすぎない方がいいのだろうと今では思っている。

卵かけご飯の思い出

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農水省の元事務次官が、引きこもりの長男を殺した事件で、昔のある事を思い出した。

元農水省事務次官 殺人未遂の疑いで逮捕 長男を刺したか | NHKニュース

僕は卵が苦手で、ゆで卵や目玉焼きは食べられないのだが、昔から卵かけご飯が好きだった。実はあれは卵を食べているのではなく、しょうゆを食べているのであって、卵はつなぎに過ぎない。よくおかずとご飯を食べ終わった後に、まだお腹に余裕があれば卵かけご飯をしていた。

父親も卵かけご飯が好きだった。しかし彼の卵かけご飯のやり方は独特だった。卵の白身を捨て、黄身だけの卵をご飯に二つ乗せて、その後ご飯と醤油をかき混ぜて食べるのだ。

僕自身は卵の白身があまり好きではなかったし、白身抜きの卵かけご飯はビジュアルも優れているので、僕も試したかったが、母親が許さなかった。食べられる白身を捨てるような勿体ない事は許さないというのが彼女の言い分だった。

なぜ父親は良いのか

当然僕は、父親がやっているのはなぜいいのかと聞いた。彼女は父親が食べている卵かけご飯は、彼が自分の力で稼いだお金で買ったものだから好きにしたらいいが、お前らは違うからダメだということだった。

いつもそうだった。彼女は、飯を自分で稼いで食えないうちは、この家ではお前らに発言権はないと口癖のように言っていた。父親は自分の力で稼いだ金だから、その範囲では何をしても良いと甘やかされていた。

何かにつけて父親の意向が最優先され、子供の意向や意見はほぼ無視されていた。それに強烈な不満があったわけではなく、面倒なので特に抗う事もなく、お金を自分で稼げるようになったら、面倒なこの家を必ず出て、好きに振る舞おうと思っていた。そもそも彼女は、我々が物心ついた時から、大学を卒業したら家を必ず出るようにと口を酸っぱくして言っており、子供全員に約束させていた。

しかし、彼女は、もし自分で金を稼いで飯を食えるようになったら、その後の人生については一切口を出さないから、好きにすればいいとも常々言っており、その約束は確かに独立後も遵守された。

とはいえ、それでも白身抜きの卵かけご飯は食べてみたかったので、何度かお願いしたが、回答は変わらず、自分の金で飯を食えるようになったら、やればいいと言われた。

大学になったらバイトをするようになったので、卵かけご飯はやろうと思えば出来るようになったが、独立して本当に自分の金だけで飯が食えるようになったら記念として、白身抜きの卵かけご飯をやろうと思った。こちらも意地になっていた。

そして就職後

会計士試験に手こずったため、両親から独立して上京したのは、24歳の終わり頃になってからだった。東京に引っ越しをして落ち着いた頃に、待望の白身抜きの卵かけご飯を食べる事になった。食べてみて驚いた。黄身はパサパサして、単独ではつなぎとして機能せず、あまり美味しくなかった。20年近く憧れていた白身抜きの卵かけご飯の味はイマイチだった。

しかし、ずっと憧れていた味だったので、その後もたまに白身抜きの卵かけご飯はやっていた。あれを食べる事で、自分は両親から独立して一人でやれるようになったんだと思う事ができたからだ。

結局は兄弟3人とも就職して家を出て、今では皆が東京にいる。母は、白身抜きの卵かけご飯まで禁ずることで、子供たちの自立を徹底的に促し、我々が引きこもりニートになる事を防ぎたかったのではないかと今では思う。僕らは、本当に5歳ぐらいからずっと、金を稼げるようになって家を出ろと言われ続けてきたのだ。