30代の大腿骨頸部骨折記録⑦〜壊死の恐怖〜

手術が終わって、尿道カテーテルも抜けましたが、気分が晴れる事はありませんでした。これだけの手術をしたのに、治る保証はないからです。S医師が来られて、意味ありげな顔をしながら私の肩に手を置きました。

「骨頭が壊死するかどうかは折れた時点で決まっていて、手術の成否は関係ないと言われている。これだけみんなで議論して骨接合で行くって決めたんだから、後は運を信じるしかないね」と言われました。

ふと、あまり手術はうまくいかなかったのだろうかと感じました。O医師は手術が終わった直後は成功したと仰っていましたが、S医師の言葉からは、何となく自分たちのリスクヘッジのようなものを感じたからです。僕は納得して骨接合を選択しているので、結果がどうなっても、文句を言う事はないつもりなのですが、皆がそうではないのかもしれません。

入院中について

入院中のご飯は美味しかったのですが、血栓予防とやらで朝昼二回お腹に打たれる注射が結構痛くて閉口しました。仕事は超繁忙期で入院中も仕事をしていたのですが、やはり今後の経過がどうなるか気になって集中できません。

ネットで読める国内の大腿骨頸部骨折の論文を読み漁りました。読めば読むほど、自分の怪我が、ありえないレアケースである事がわかりました。なんとか自分に有利な材料がないか論文を探し回りましたが、有利な材料が出たと思ったら、不利な材料がまた見つかり、結局よくわからない状態が続きました。

医者の言う治る確率50%も大げさなんじゃないかというところに希望を見出しましたが、過去のエビデンスを見る限り、50%の見積もりは妥当と言わざるを得ませんでした。私のズレはGarden分類上は3〜4となっており、医者の説明通り、普通は人工股関節にする怪我でした。

治るかどうかの不安で精神的に不安定になっていきました。骨折体験ブログなども探し回りましたし、mixiで同じような怪我をした人にコンタクトを取ったりもしてみました。その後治ったと言う人もいれば、人工股関節になった人もいて、まさに半々でした。

筑波大学で研究が進んでいるという濃縮自家骨髄血移植術について調べたりもしました。骨頭壊死を防げるかもしれないと思ったからです。おそらく骨がつかない事はないと思っていました。問題は骨頭壊死でした。

こんな事をしたって仕方がない、医者を信じて運を天に任せるしかないんだと思っても、インターネットでの情報漁りを止めることができず、その度に不安は増すばかりでした。

病院の独特の雰囲気も良くなかったのだと思います。夜になると、ふと「こんなことになるなら死ねば良かった」という言葉が、不意に何度も浮かんでくる事がありました。たかだか足の怪我でもちろんそんなわけはありません。バカバカしいと理性ではわかっていても、何の前触れもなく突然、その言葉が湧き上がってくるのです。色々あって、もう限界だったのかもしれません。

O医師は退院しても良いというし、このままここにいると精神衛生上良くない気がしたので、さっさと退院することにしました。結局1週間だけの入院でした。

O医師は退院間際に、「そういえば手術の次の日に撮ったレントゲンですが、特に問題なかったですよ」と言っていました。それで少し安心したような気分になりました。

本当は問題があった事がわかるのは、かなり後になってからの事でした。

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